アスリートとしての原点
3連休の初日は楽しいパーティーがありました。学生時代に所属していた運動部のOB・OG会です。
c0162277_0455028.jpg
今年で創部50周年と言う事もあり、経団連会館の一フロアを借りきり、盛大に行われました。
総勢300名程度の人数が集りました。自分が入学したのは、25年前の1983年ですから、年代的にはちょうど中間の世代に当たります。創部当初の先輩方々は自分が生まれる以前に活躍していた人達であり、一番若い世代は自分が学生時代に生まれた後輩たちです。こう考えると非常に不思議な感じがします。

同期の仲間とは1年に一度会ってますが、係わり合いの深かった±2年以内の先輩後輩は卒業以来会っていない人もおり、人によっては20年振りの再会に感慨深いものがありました。しかしながら、こういった場にいると、20年という時の経過を感じさせない何かがあり、あの時代にタイムスリップしたかの如く楽しい時を過ごす事が出来ました。

思い起こすと1983年当時は、テニスがちょっとしたブームになった時でした。若者がラケットを片手に街を闊歩する光景を至る所で目にする事が出来ました。
スポーツに対する考え方も、従来の精神主義から合理主義へ転換して行く端境期だったと思います。ご多分にもれず、世の中の学生たちも、辛い練習を避けるためか、同好会系サークルに多数が流れる傾向にありました。そんな中、流れに反し、過酷とも言える練習を積んでいました。夏場の練習で意識を失うのは当り前、救急車を呼んで病院に担ぎ込まれる者が1人や2人いるぐらいでないとちょっと甘すぎたかなっと言う感じでした。(今考えると少々危険な事ですが・・・・・・・。)

卒業後はスキー→フリークライミング→ロードランニングを経て、現在に至ってますが、学生時代におこなった過程において、アスリートとしてのベースが出来上がって行ったのだと思います。
奥武蔵UMやハセツネに対して、試走も含めてさしたる問題なく対応して行けたのも、それなりの下地があったためであると思われます。

この集まりにおいて、うれしい出会いがありました。自分の9年上の先輩の一人が、奥武蔵UMを13年連続して完走していたのです。もちろんハセツネのアドベンチャーグリーンに当たる栄誉を3年前にもらっており、ゼッケンの色が一般と異なります。これからも出場し続けるとの事でした。 ハセツネにも数年前の悪天候の時に出場したとの事です。お手本となる良い先輩と出会えました。よろしくお願いします。
[PR]
by kurisuke64 | 2008-11-02 01:56 | その他